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義父の介護(その1)

昨年5月に義母が亡くなってから、1年ちょっと。
その後、義父(現在80歳)は、本人の希望で、住み慣れた自宅で一人暮らしをしていました。
週に数回、介護保険のヘルパーさんが来てくれたり、我が家を含む家族の誰かが週に数日家事や身の回りのお世話などのサポートをするために伺ったり、義父自身は週に1~2回近くのリハビリに通ったり、趣味の俳句や囲碁などをしながら過ごしていました。

昨年は猛暑のせいで、一度、自宅で熱中症で倒れて入院しましたし、今年は4月23日の雨の日に、自宅の玄関先で滑って転倒し、腰と左脚を骨折してしまい、入院しました。

義父はしばらくは起き上がることもできず、病院で寝たきりの生活でした。
6月初めに足の骨の手術をし、その後も経過を見ながら入院を続けていて、来週火曜日には、リハビリ専門の病院に転院するまで回復してきました。

今までブログには書いてきませんでしたが、休日に子ども達と一緒に病院を見舞ったりお世話に行くほか、50代前半・40代後半の2人の義姉たちだけでは平日の義父の介護(看護)がまわらないので、我が家も助けてほしいといわれ、雄サンと相談した結果、私が週1回病院に義父のお世話に行っていました。
(我が家では、その時々の働き方や仕事の状況に応じて、夫婦が交代で育児休業を取るなどしてきましたが、今回は私の方が平日に動きやすいと判断しました。)

最近では、コルセットを装着し、電動リクライニングのベッドを起こせば、義父はほぼ一人で食事ができるようになりました。
嫁である私が行った日は、食事や髭剃りなど身支度の介助、主治医や看護婦の説明を聞いたり質問したりして他の家族に伝達したり、義父の代わりにちょっとした買い物をしたりする用事のほかは、ほとんど義父の話し相手を務めています。
義父がこれまで雄サンや義姉たちにもあまり話したことのないという、これまでの仕事や地元自治会、趣味の俳句や同窓会などの活動などでの“義父の武勇伝”を聞き、ちょこちょこと私の仕事のこと、社会情勢のこと、子どもたちのことなどを話して、義父のリハビリが始まるところで引き上げています。

約4年間、癌と闘病した義母の時にも、雄サンやポンすけと一緒に、もしくは私一人で病院に行ったり、自宅で暮らす義父の家事などの手伝いに行っていましたが、今回は子どもが2人に増え、まだたいちゃんが小さくて手がかかるので、育児と介護が重なってしまい、もともとの仕事と家庭の両立ならぬ、3立、4立?に苦労している私達です。
→「義父の介護(その2)」へつづく
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by monsteracafe | 2011-07-01 08:53 | 家族 | Trackback | Comments(3)
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Commented by sawamaman at 2011-07-07 16:42
お仕事に復帰されても、丁寧な暮らしぶりがつづられていて、いつもすごいなぁ~と思っていたのですが、義父さんの介護でお忙しい毎日になっておられたんですね。
3立、4立、夫婦、家族での助け合いになるかと思いますが、どう無理しないでくださいね。
Commented by monsteracafe at 2011-07-08 10:49
>sawamamanさん
雄サンはかなり遅くに生まれた唯一の息子だったので、ご両親を見ていて、結婚した時から、“これはヘタをすると、育児より先に介護が来るなぁ”とぼんやり感じていました。

子どもがいなかった前半5年の結婚生活では、ご両親は元気で、むしろ働き続ける私やDINKSの我が家とは意見が対立し、ケンカやいざこざも多かったです。

ところが、ちょうど最初の子どもを授かった前後に、不幸にも義母の病気(悪性の胃がん)が分かり、我が家の子育ては、常に義父母の介護や見守り、家事等のお手伝いとの同時進行でした。
(その分、私の両親が子育てや家事を大いに助けてくれましたが。)
Commented by monsteracafe at 2011-07-08 10:52
>続き
子育てが終了したり、子どもがいない二人の義姉がいるとはいえ、同居しろ、とか、仕事をやめて介護しろ、とか言われたり強制されなかっただけよかったと思っています。

はっきり言って週1の介護は負担ですが(病院も遠く、往復する時間だけでもかなりかかります)、これくらいしか私には出来ないので、どうせやるなら笑顔でやろうと自分に言い聞かせています。
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