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義父の介護(その2)

義父が住んでいた自宅(雄サンの実家)は、阪神淡路大震災で全壊し、復興に向かうバタバタとした情勢の中で、知人のつてを頼って急いで建ててもらった住宅です。
当時は義父母はまだ二人とも元気だったし、時間も、考える気持ちの余裕もなく(私たちは学生で付き合っていましたが結婚はしていなかったので)、バリアフリーとか、2世帯住宅とか、そういったことを考えずに建てたようです。

ここ5年ほどで、闘病・自宅療養していた頃の義母や、年を取るにつれ足元がおぼつかなくなってきた義父には、だんだん住みづらい家になっていたようです。
生前、義母は「近くの駅前の便利なマンションに移りたい」とか、「義父が1人になったら、子どもたちの家に近い、よい老人ホームを見つけて移り住んだほうがいい」と話していたこともありましたが、義父は長年住み慣れた自宅や地域に強い愛着を持っていて、義母が亡くなってからも、「あと5年は1人でここに住む」と、頑張っていました。

長男である雄サンと私には、以前から、「現在のマンションから実家に引っ越して同居できないか」との打診もあり、夫婦で検討しましたが、2人の勤務先、子ども達の教育環境、時々育児のヘルプをしてもらっている私の両親の家との距離などを考えても、遠い将来はともかく、現段階では難しいと判断せざるを得ませんでした。

 *****

今年の春、住み慣れた自宅で、長期入院やリハビリが必要な大怪我をしてしまったこと、そして、3月の東日本大震災を受けて、義父は色々と考えたようです。
6月頃だったか、義父は自分から初めて、「もうあの家に住むのは怖い」「家族が通いやすい場所のどこかで良い老人ホームが見つかれば移りたい」と言うようになりました。
また、自宅のほうは、家族の誰かに住んでもらいたいという思いは根強いものの、「当面の間、誰かに貸せるように諸手続きを進めて欲しい」と家族に指示したようです。

雄サンやお義姉さんは、入院中の義父の介護・看護と同時並行で、条件の合う有料老人ホーム探し、自宅を貸せる状態にする準備や諸手続きを進めました。
→「義父の介護(その3)」に続く
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by monsteracafe | 2011-09-07 23:22 | Life style | Trackback | Comments(2)
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Commented by スノウ at 2011-09-13 09:44 x
中々涼しくなりませんね(汗)。
お義父さんの介護にまつわるお話ですが、色々考えさせられました。そして、ご実家を貸家にとお義父さんが決断されたことは賢明な判断だと思います。実は、我家のお隣さんは数年前まで80歳過ぎのおじいちゃんが一人暮らしでしたが、現在は空き家なんです。
お子さん方も、年に何回かは来ているようですが、無人の家の老朽化は激しく、先日の台風の時などは、なにか飛んでこないか少し怖い思いもしました。
その他にも、毎年毛虫が大量発生したり、すっかり庭木がカラスの寝床になって毎日にぎやかだっり・・・。
正直、困っています。

お義父さんが、決断されるまでには、愛着のある家に帰りたいという願望と、家を無人のままにしておくことへの不安のなかで揺れながら本当に苦しかったでしょうね。
だからこそ、本当にこの決断は素晴らしいと思います。きっとお若いときから聡明な方だったんでしょうね。

「その3」も待ってます。
Commented by monsteracafe at 2011-09-13 12:19
>スノウさん
コメント、ありがとうございます。
今月10日頃から、また夏日が続いていますね。

義父の希望には沿ってあげられなかったけれど、義父の決断を支持してもらえてなんだか嬉しいです。
私は実家にいた時からずっとマンション住まいで(学生時代に1年だけ1戸建ての親戚の家に下宿していたことはありますが)、「無人の家の隣近所」という視点は、スノウさんのコメントを読むまで、気づきませんでした。
幸い、隣近所は義父の弟家族たちが住んでいますが、家や庭のメンテナンスは持ち主の務めですよね。
また「その3」を書きますが、今月、義父の実家から荷物を全部運び出す予定です。
うまく、いい借り手が見つかればいいなと思っています。
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